真実をめぐる実験

ポール・オースター『トゥルー・ストーリーズ』(ISBN:4105217089)読了。
とても楽しく読めた。「これは本当の話である」(p.8)という言葉の通り、前半の「赤いノートブック」はオースターが見聞きした様々な「偶然」の出来事を書いていて、「その日暮らし」という文章はオースターの自伝的なエッセイである。この本の面白さは、この本がエッセイであるとか、事実であるというよりも、オースターの出来事に対するスタンスの取り方というものによっている。訳者あとがきでは、オースターは柴田氏のインタビューを受けて「きっと僕は、『現実の成り立ち方』ともいうべきものに心底魅了されているんだと思う」と答えている*1のが印象的である。
で、保坂和志『<私>という演算』(ISBN:4122043336)に行き着くのだけれど、この本も小説なのかエッセイなのかわからない。というか、そうした分け方に対する疑問が読者に向かって投げかけられている。あとがきで保坂氏は「ぼくにとって小説いうのは、フィクションであるかどうかということではたぶん全然なくて、歌かどうかということであるらしい」という書いている。
偶然にこの二冊の本を連続して読むことが出来たことは、なにか運命のようなものを感じてしまうかもしれない。だが、オースターと保坂氏の小説は、一見全く異なった様相を呈しているが、一つだけ共通点があるかもしれない。それは、どちらも、事実の背後にある仕組み(メカニズム)に興味を持っていて、その仕組みを動かす「何か」に、安易に「神」といった超越的なものを導入していない、という点である。もちろん、その「何か」は「神」であるかもしれないが、安易に決定することで陥る危険性を二人は(別々のやり方ながら)認識しているように見える。オースターは「偶然」を連ねる小説によって世界への向かい方・スタンスを考える小説を書き、保坂氏も「思考の生(ルビ:なま)の形」を記述することで、世界へと向き合う小説を書いている。

*1:3月末に刊行予定の、柴田元幸『ナイン・インタビューズ』ISBN:4757407815るようだ