通学の途中で川上弘美『物語が、始まる』の中の「婆」という短編を読んでいると次のような箇所に遭遇した。以下引用。

「ここはどこなんですか?」婆に聞いた。
「どこって、どこでもないような場所よ」
「どこでもない場所?」
「そうそう、どこでもないの」
 どこでもない場所は休憩の空間で、月が無数に浮かび、目を閉じても月の光が瞼を通してやってくる。目を開けると月がいくつもいくつも飛び回っていて、挨拶するように接吻するように、軽く顔や体に触れる。
 柔らかく強い光が満ちる場所、それが、穴の中のどこでもない場所なのであった。
(p147)

この箇所を読んだとき、ああ、という喜びとも驚きともわからぬ声を心の中で発してしまった。「どこでもない場所」というのが自分の日記のタイトルと同じであったからで、川上弘美を本格的に読むようになる前に始めた日記のタイトルと同じ言葉が、川上弘美の小説の中で使われているのに正直嬉しかった。嬉しかったと同時にしまった、とも思った。まだ「婆」という短編を読んでいなかったのに「どこでもない場所」というタイトルをつけてしまったことの、後悔というか恥ずかしさというか。ともかく複雑な心境だ。
つけた動機はとくに大したことはない。引用もしてない(結果的に引用になったけれど)。見る人も少ないだろう、ということと、自己矛盾的な言い回しが気に入ったからで、たまたまふっと思いついただけのことだ。
自分には、何かしら予言めいたものがあるのではないか。ということまでは考えなかった。たぶん、「どこでもない場所」という言葉が、結構ありふれた表現であるだけのことなのかもしれない。
だから(それでも?)タイトルはこのまま変えずにいることにする。「どこでもない場所」。いいタイトルではないか!と事後的に思うことにする。