昨日は「ブンガク畑でつかまえて」というシンポジウムに行ってきた。パネリストは池内紀堀江敏幸中村和恵柴田元幸沼野充義。外国文学の研究、翻訳の楽しみを存分に語る企画だった。どのパネリストもかなり「偏った」本を翻訳・研究していて、その「偏り」が文学における「辺境」というキーワードと重なって、とても面白い話をしていた。
 ドイツ文学者の池内氏は自ら訳し、研究してきた文学は「ドイツ語(文化)圏文学」であり、ドイツ本国以外の作品に魅力を感じると言っていた。彼が訳した作家の中で言えばたとえば、F・カフカチェコプラハ出身であり、G・グラスは現ポーランドダンツィヒ出身といった「辺境者」に取り組んできたのだ。池内氏のはとてもゆったりと飄々とした話し方でありながら、とても「重み」のある言葉を使っていた。その感じが彼の翻訳する作品にも通じるのかと思った。とても感じの良い方でした。
 ドイツ文学の中で読んで面白かったのはパトリック・ジュースキントフランツ・カフカギュンター・グラスだ。この三人とも池内氏の翻訳がある。ジュースキントは『香水-ある人殺しの物語』も面白かったし、ジャン・ジャック・サンペが挿絵を描いた『ゾマーさんのこと』も素敵だった。カフカの『審判』や『失踪者』などの長編などや、「変身」といった短編もいい。今まで訳されてきたカフカの作品はマックス・ブロートによる手が加えられていた*1が、池内氏が生の草稿・断片を基にオリジナルテキストを初めて翻訳した(まあ作家と編集者の関係は難しいものですが…)。シンポジウムの中で池内氏は「カフカの作品からカフカ自身のクスクス笑いが聞こえてくる」ような翻訳を目指したと語っていた。確かに、これまでの不条理なイメージだけでは捉えられないカフカ作品の良さが、新訳の「風通しの良さ」として表されていると思う。これらの作品についてもいつかもっと詳しく感想など書いてみたい。ともかく、池内氏は面白いドイツ語文学を読む際の良い指針となってくれるのだ。

*1:カフカの作品の出版・編集を個人的に請け負っていた。詳しくは池内氏訳のカフカ小説全集(白水社刊)の解説などを読んでください